ブリストルからロンドン近郊へ引っ越しました。

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ニックの妹のキャサリンは、警察官になるべく訓練中。今年の2月に試験に受かり、トレーニングが始まったのが3月終わり。日本で言う警察学校の学生の状態。

この試験に受かるために彼女が待っていた期間3年間。警察になるために応募をし、試験を受けるまでに3年も待たされたのだ。

大学で社会学を学ぶ予定が、途中から進路変更し、犯罪心理学に切り替えた。たぶんそれが警官になろうと決めたきっかけだったのだと思う。警察になる前は保護監察官をしていたこともある。

毎日ランニングをし、衆に買いはジムに通いマシンでのトレーニングと水泳。

試験を受けた時の彼女の体力は、警察犬のハンドラーと以上だったらしい。来年には警察犬を超えるんじゃないかと言われている(ニック母談)。


久しぶりにブリストルに帰ってきた彼女は大量の教科書を抱えていた。外に飛び出したくなるようなすばらしいお天気の週末だったが、彼女は1日中机の前。「大学の時より大変」だという勉強。翌週月曜日には別の試験が待っているという。

「大変だとは聞いていたけど、どう大変なのかわからなかったから準備の仕様が無かったのよね」

と笑っている。本当に大変そうだけど、生き生きしている彼女の姿を見て嬉しくなった。


時間が無い、疲れた…といってる場合じゃないな、あたくし。

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2010.04.25 / Top↑
家の旦那です。これまでこの日記上では「ルーニー」と記載してきましたが(何人かに似ていると言われたことがあるため。本人は不満>『旦那』参照)、本人に聞いてみたところ意外にもあっさりと「ニックでいいよ」と名前の記載を了承。さらに、顔写真もOKということで、今後はたまに登場するかも知れません。すでにこちらの記事でりらっくま好きという事実と共になんとなく顔がわかるような写真を掲載済みですが・・・。


そう、そのニック。現在冬休みのためシェフィールドからブリストルに帰省中です。>>彼が大学生であると言うことに関してはこちら「ルーニー、大学生になる」参照

帰省時にはシェフィールドから電車で帰ってきたニック。車だとかなり飛ばしても4時間はかかるのですが、電車だと2時間半。早めに予約すると片道15ポンドとかなりお値打ちと言うこともわかりました。車だとガソリン代で片道20ポンド弱。しかも自分で4時間運転なので疲れるしね。これからは電車と言う手もありだな、と思います。

ただ、電車だと持ち運べる荷物の量が限られてきます。今回ニックが持って帰ってきたのはかばん一つ。それでもかなり巨大なかばんで、たぶん頑張れば私が入れる。いや、そんなところで頑張らなくてもいいことはわかってるんですけどね。それでも1ヶ月分の荷物を運ぶわけですから相当な量になることは間違いないわけで、持って来たくても断念せざるものもあるわけです。

その最もたるものが、ノートパソコン。ニック専用のノートパソコンをシェフィールドでは使っているのですが、迷った末に置いてきたそう。まぁ、ブリストルには私の現在使っているこのパソコンも、デイブが使っているデスクトップもあるので、必ずしも自分専用のものが必要と言うわけではなさそう。

ほかに、ニンテンドーDSも置いてきたものの一つ。これまでは移動中の暇つぶしにいつも持ってきたDSですが、今回に限って迷った末においてきたそう。私からのクリスマス・プレゼントの中に「美文字トレーニング」のソフトがあったというのに!まぁ、事前にプレゼントの中身を明かすのも嫌だったので、仕方ないのですけど。

当然ですが着替えは冬物なので、衣類だけでも相当かさばります。それでもニックが「これだけは!」とブリストルに抱えて帰ってきたもの。それは・・・

プレイステーション3。



彼は立派なゲーマーなのです。もう毎日毎日飽きずにPS3。ルームメイトのクリスとも、オンラインでいっしょにプレーすることを約束し、ブリストルに帰宅。ほかにクラスメイトのジェイクとももちろん約束済み。毎日、ゲーム。

幼馴染のリッチとは、彼の家に遊びに行くたびにX-BOXでゲーム。いや、遊びに行くたびにというより、ゲームをいっしょにするために家に行くといった方が的確。

そして今も、私の隣でゾンビと戦っています。
2009.01.05 / Top↑
日曜日の朝、ルーニーはシェフィールドへ。大学の寮に入るので家具などをそろえる必要は無いけど、まぁそれなりの荷物がある。義父の車に荷物を詰め込み、ルーニーの運転でシェフィールドへ向かった。
彼と義父さんで。


私は行かなかった。


行けなかった、と言う方が正しいかもしれない。一緒にシェフィールドに行って、ルーニーに見送られてブリストルに戻ることは耐えられない。きっと私は号泣するだろう。義父さんにも迷惑がかかる。ルーニーは来てほしそうだったけれど、それに私だって一緒に行きたい気持ちはあったけれど、実際問題無理だった。

何度も話し合って、お互い納得して、しかも私の要望であるにもかかわらず、今週に入りカウントダウンが始まると不安で不安で仕方がなくなってきた。先週の日曜日に何人かの友人に会い、「来週の日曜に引っ越すんだ」と言う言葉を何度も口にするのを聞いて、急に自分の気持ちが漣だって来たのがわかった。その日の夜には漣が嵐になった。実はこんなにも自分が取り乱すとは、全く予想していなかった。そりゃ、寂しいことは寂しいだろうけど、同じ国内だし、大丈夫だと思っていた。大丈夫なわけが無かった。

泣いては冷静になりを繰り返し、前日土曜日を迎えた。冷静でいられるわけも無く、何がどうしたいのかという具体的な要望があるわけでもなく、ただルーニーが遠くへ行ってしまうことが悲しくて仕方が無かった。「寂しい」という純粋にそれだけの気持ちで、こんなにも泣けるものなのか・・・と泣きながら我ながら驚いた。

彼の門出なんだから、笑顔で見送りたい気持ちは山々なのだが、なかなかどうしてそれが一番難しい。泣きすぎて目は腫れて、それでも何とか、せめて見送るときは泣かないように必死だった。心の中で「行くなら早く出発してほしい」と思ったほど、見送りの時間が迫ってくる感覚が辛かった。


朝9時。ルーニー運転の車を見送った。もうジタバタしたって状況は変わらない。諦めがついたんだろう。それからは涙は出てこなかった。どこかで我慢はしているんだろうと思うけど、我慢ができるまでになった。


来月末、義母さんと一緒にシェフィールドに会いに行く予定。それまで、がんばろう。


車探しは、難航中・・・。
2008.09.22 / Top↑
ルーニー、大学生になる。①の続きです。

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私がイギリスへ正式に引っ越してきたのは2007年11月。

ルーニーは週4日、朝からカレッジへ通い、カレッジが終わるとバイトへ向かう生活を1年間続けました。好きなクラスやコースだけを受講できるパートタイムなら、もう少し時間に余裕があったと思いますが、彼の通う進学コースは見事なフルタイム。正規の学生なのです。もちろん宿題もたくさん。この1年間レポートを何本書いていたことか。何度も徹夜してレポートを仕上げていました。それと平行してアルバイトもしていたので、本当に大変だったと思います。私がイギリス入国後、すぐに仕事が決まれば彼も少しは楽だったと思いますが、そう簡単に仕事が見つかるわけも無く。しかも荷物の積み下ろしという肉体労働だったので、本当にクタクタだったと思います。本人は、「エクササイズになるし、良い気分転換だよ」と言っていましたが、勉強との両立のため、ものすごく努力していました。


2007年12月に入ると、もう出願の締め切り時期だとのこと。え、こんなにすぐなの?日本だと、推薦入試でも入学時期の3~4ヶ月前くらいですよね?一般入試なら、1月のセンター試験を皮切りに3月始めごろまで試験があって、4月に入学。ほんと、教育システムって国によって全然違いますよね。

このとき出願した大学が4つ。そのうち2つで面接、1つにレポート提出の課題が。レポート提出の大学は、「んー、なんとなく出願」だったため、結局レポートも提出せず。面接のあるうちの一つは、「実はあまり行く気がしない」とこちらもキャンセル(だったら始めから出願しなければいいのに・・・まぁ、滑り止め的なものだったんでしょう)。

結局12月始めにある大学へ面接に。12月半ばに、何の課題も無かった大学から合格通知が。面接のあった大学の合否は年末までわからないとのことだったのですが(その後良い返事はもらえず・・・)、とりあえず興味のあった大学からいい返事をもらえて一安心。実はこの大学が、ルーニーが行くことになったシェフィールド大学(University of Sheffield)です。「ルーニー、大学生になる。①」で、日本から電話をしたときに教授じきじきに質問に答えてくれた、というのも実はシェフィールド大学でした。


シェフィールドとはどこか、といいますと・・・

大きな地図で見る


イングランドの北部に位置します。イギリス全体で見ると、ちょうど真ん中あたりでしょうか。ピークディストリクト国立公園をはさんでマンチェスターの右側です。


ルーニーの入学が決定し、今年2月に行われたオープン・キャンパスに参加してきました。この日、ブリストルはそれなりに良いお天気で穏やかな気温だったのですが・・・さすが北部。シェフィールドに着いたのはその日の夕方5時ごろだったでしょうか。もちろん外は真っ暗。そしてバスから見える芝生にはうっすら雪が。気温が全然違うんです。いや、当たり前なんですけど、ブリストルの冬も私には十分すぎるほど寒かったのですが、シェフィールドはそれ以上。

翌日オープンキャンパスに参加。9月に入学予定の学生(ほとんどが高校生)とその親御さんたちがキャンパスに溢れています。実際に住んでいる大学生がシングル用の寮の部屋を見せてくれたり、学生生活の疑問に答えてくれたり。とてもフレンドリーで、大学に誇りを持っている。彼らの自信が伺えました。そして午後は学部・学科に分かれて説明会。ルーニーは日本語専攻なのですが、同じ学科でこの日参加していた人たちは30人くらいかな。もちろん高校生が多かったけれど、年齢は日本の大学に比べて幅があり、個性豊かな面々。

大学の雰囲気を見ることができ、先生たちも学生もとても明るくフレンドリー。ここならルーニーも楽しく充実した大学生活を送れるんじゃないか、と安心しました。


それでもまだ時は2008年2月。まだまだカレッジは終わりません。卒業しなくてはいけないのですから。大学から合格通知をもらっても、カレッジを卒業できないことには大学生にはなれません。結局彼の、カレッジとバイトで忙しい日々は、今年6月末まで続きました。そしてカレッジを晴れて卒業。大学生になれることが決定しました。



はい、お気づきの方もいらっしゃると思いますが・・・前回の日記「仕事決定・・・しかけてます。」で書いたとおり、私の仕事が決定しかけているのは、現在のブリストルの家から通える会社です。ニックの行く大学があるのは、シェフィールド。地図でもわかるように、ブリストルとシェフィールド、ものすごく離れてます。会社に通勤できるような距離ではありません。

そう、ルーニーが大学生になり、そして私の仕事がその会社で決定したことで、別居も決定してしまったのです。何ヶ月も前からその可能性にうすうす気づいてはいたものの、目前と迫った今、やっぱり辛いです。詳しくは次の日記で。
2008.09.19 / Top↑
前回の日記(9/18 「仕事決定…しかけてます。」)でも少し触れましたが、そうなんです。

うちのルーニーさん、大学生になるんです。


実は大学準備は、昨年から始まっておりました。
まだ私たちは日本に住んでいたころ。とにかく日本大好き。将来は絶対日本に住みたいというルーニー。特に日本語に対する興味は深く、言語に関する仕事に就きたいとおぼろげながら夢を抱き始めていました。


ルーニーが日本に住んでいたのは、正式には1年8ヶ月。2005年11月にワーキングホリデー・ビザで来日し、翌年5月に入籍。2006年10月に配偶者ビザに切り替え(実はここにもドラマがありましたが、それはまたいつか)。2007年7月にイギリスに戻りました。

大学に行きたいという意思が明確に固まったのは、おそらく2007年3月ころだったと思います。自分が勉強したい科目からいくつかの大学を選び出し、その中でも特に興味のある大学には日本から電話。このとき電話の対応がとてもよく、さらに直接教授とお話させてくれた大学がありました。

しかしさらにいろいろと調べてみると、どうも大学に行く以前にカレッジに1年間通わなくてはならないことが判明。カレッジと言うと、日本だと「短大」などに該当しますが、イギリスでは「高校」もしくは「専門学校」さらには「大学の一般教養」など様々な面を持っているようです。ルーニーは高校時代、一度カレッジは卒業しているのです。そして当時、イギリスおよびEU圏内の大学に入学するのに必要な共通テストも受け、その資格も持っていたようなのですが、このときは進学する意思がなく結局大学には行かなかったようです。もうカレッジは卒業しているのに、なぜまたカレッジ???イギリスの教育システム、なんかよくいろいろ変わるようで私も詳しくはありませんが、ルーニー曰く・・・

教育機関から卒業・中退などで3年以上離れたら場合、大学に通うには1年間カレッジで「アクセス・コース(大学進学コース)」に通わなくてはならない

そうなのです。となると、ルーニーもカレッジに通わなくてはならないわけで・・・カレッジは9月からで(イギリスは新学期が9月から始まります)、そこできちんと単位が取れてはれて大学生になれるのは、早くとも2008年9月。


2007年3月に大学へ行くという意思を固めたルーニー。3月末には、カレッジに通うために2007年夏にイギリスへ帰国することを決意。7月にイギリスに戻り、カレッジの入学試験を受け、手続き、そして9月よりフルタイムの正式な学生となりました。

このとき私はまだ日本です。この後5ヶ月間、日本-イギリスの遠距離結婚生活が続きます。というのも、私が体調を壊しておりルーニーがイギリスに帰るまでの数ヶ月間働いておらず、「先立つもの」が全く無かったため(ああ、涙)。これから数ヶ月間、バイトや派遣でほんの少し溜めて、さらに配偶者ビザを取得し、2007年11月にやっとイギリスに引っ越してきたわけです。



長くなりそうなので、ひとまず区切ります。次へ→「ルーニー大学生になる。②」
2008.09.18 / Top↑
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