ブリストルからロンドン近郊へ引っ越しました。

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チャリティー・ラッフルの報告③です。
『職場でチャリティー・ラッフル。』『職場でラッフル!報告①』『職場でラッフル!報告②』を参照ください。



初めてのチケット購入者は、月曜を待たずしてあらわれた。金曜の夕方近くにラッフル開催の告知メールを送った数分後、別のオフィスで働くポーランド人のグレッグがやってきた。ラッフル開催の部分だけ読み、いつからチケット販売かという詳細までは読まずにやって来たらしい(有りがち…)。それでも、その心意気が嬉しいではないか!すでにラッフルチケットはマイケルがWH Smithから購入済みで手元にあったので、第一号の彼にチケットを販売することに。それを見ていた同じ職場のジョディーも購入してくれた。幸先の良いスタートに嬉しくなる。すでに帰宅していたマイケルにメールで連絡を入れる。

翌週月曜日。いよいよ本番当日。朝、職場に着くとすぐにマネージャーから声がかかり、チケットを購入してもらった。その後、自分の直属のマネージャーに、午後の1時間募金集めのために時間を使わせてもらえる許可をもらうためのメールを送信。すぐに「もちろん、大丈夫だよ」と返信をもらう。その後3分もしないうちにそのマネージャーからチャットで話しかけられ、チケット購入のためのお金を用意したから、忘れないように声をかけてねとのことだった。

「チケット購入のためのお金」というと恭しく聞こえるけど、イギリスでは、現金を持ち歩かない人が結構多いのだ。持っていても見事なまでの小銭ばかりで、合計しても1ポンドにも満たないような(というか、だったらなぜ持っているのかが疑問なのだけど)。というのもクレジットカードとは異なる『デビットカード』というものが主流で、ほとんどの人が持ち歩いているのだ。クレジットカードは品物購入時に一時的にお金を借りて、その後仮りた分を一気に返済する。デビットカードは、自分の口座にあるお金から即座に支払いがされるもの。日本の銀行のカードのようにATMでお金を引き出すのに使うのもこのデビットカード。小さなお店でも大抵のところでこのデビットカードが使用できるので、このカードさえ持っていれば現金を使う必要がないのだ。ここ最近の夏日をかんがえて、大抵の人が持っているお金といえば、アイスクリームの販売車が回って来たときにアイスクリームを買うための数ポンドのみ。だかこそ、事前にこのチャリティーの告知をする必要性があったのだ。


いよいよ、時間になった。2時半から4人ですべての職場を回ることに。この時のためにフィオナはサッカーとラグビーの日本代表ユニフォームを持参(というか、ラグビーの日本代表ユニフォームのデザインを、アタクシこの時初めて知りました)。フィオナがサッカー代表を、ラグビーのものは男性のMサイズだったのでジェイソンが着てくれた。中国人の彼が何の躊躇もなく、日の丸のついたそのユニフォームを着てくれたことに、良い意味での驚きを感じた。そして募金活動開始。

まずは自分の職場から。同じ職場の人は全員が購入してくれた。まぁ、フィオナ以外の3人が同じ職場にいるので、誰も断れなかったんだろうけど。そして2階の別のオフィスへ。ここでも大勢の人が購入してくれた。たいていの人は1~2ポンド。参加してくれたことがありがたい。

そして別の建物にあるオフィスへ。ここからが正念場。というのも、違う建物で働いている人たちとは私はほとんど面識がないので、「義理」での購入をしてもらえないから。そして一つ一つのオフィスを訪ねて、一つのことが明確になった。

「この人達、メール読んでない…」

予想はしていたけど、見事なまでに読んでいないことがよくわかった。というのも、ラッフルチケットの購入をお願いしても、大抵の人は「聞こえないふり」「完全に無視」のどちらか。メールを読んでいないので、どうして突然見ず知らずの人が職場でラッフルチケットの販売に来たのか、そしてそれがそもそもチャリティーであることも知らない。そこで慌てて、「日本向けのチャリティーです」と付け加える。すると大抵の人は即座に態度を変える(そうでない人もいるけど…ちっ)。すぐに財布を取り出し、チケットを購入してくれた。他の建物に入っているオフィスはどこでも同じ現象が観られた。中には持ち合わせがなくその場で購入しなかった人が、その後どこからかお金を調達しわざわざ私たちを探し当て購入してくれることもあった。こういう「チケットを買おう(募金をしよう)」をいう意志を見せてくれた人たちの態度に、本当にうれしい気持ちになった。

すべてのオフィスを回り終え、自分たちの職場がある建物に戻り、早速お金を数えてみる。初日に集まったのは£420。実は私たちとしては、£1000はいくだろうと予想していたのでいささかその予想を下回る結果ではあったのだけど、それでも達成感があり、職場の人数、大抵の人が1~2ポンドの募金を言うことを考えたら、単純計算でも職場の殆どの人が参加してくれたということがわかった。たまたまその場を通りかかったマネージャーにいくら集まったのかと尋ねられた。£420だと尋ねると、「冗談だろ?本当に??それ、すごすぎるな」と本気で驚いていた。その後知ったのだが、職場でのチャリティーで£200を越えることはまずないというのが定説だったらしい。それがたった1日で倍以上の金額が集まったのだから、彼が驚くのも無理は無い。また、別の同僚にも本気で驚かれた。彼は「こんなに集まるとは全然予想していなかった」とある意味かなり失礼なことを言われたが、これが私たちの成果。手伝ってくれた3人にお礼を言い、残りの2日間もチケット販売を続けることに。ただし職場を回ることはせず、興味のある人が私のところまで直接出向いてもらう形にした。
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2011.04.27 / Top↑
チャリティー・ラッフルの報告②です。
『職場でチャリティー・ラッフル。』と、『職場でラッフル!報告①』を参照ください。



ラッフルを開催すると決まれば、まずどんな商品を購入する必要があるかを考えなくてはならない。ちょうど私の里帰りが1週間後に迫っていたので、その時に100均などで安くて日本らしいものを購入してきてはどうか…ということになった。例えばお箸、徳利・お猪口のセット。それから以前何人かのイギリス人の同僚たちとキットカット(ネスレのチョコレートのお菓子)の味について話をしたことがあり、国によって異なる味が売られていることに興味津々だったことを思い出した。そこで、異なる味のキットカットも商品に入れることに。他には温泉の素やインスタント味噌汁など。味噌汁も、日本食レストランにいったことのある人や寿司好きな人にはおなじみ(逆にそうでない人には未知の食べ物だけど)。

ただ、職場のマジョリティーであるイギリス人たちの興味をひく必要があったので、これらの商品のチョイスをどう思うかをイギリス人に聞く必要がある。そこでマイケルと私が白羽の矢を立てたのは、フィオナ。彼女はイギリス人と日本人のハーフで、両方の文化を理解している人。そしてもしかしたらこの企画の運営を手伝ってもらえるかもしれない。マイケルと私の二人である程度イベント内容を固め、アドバイスを貰えるようフィオナに相談してみた。彼女からは快い返事をもらうことができ、彼女の参加が決定。また、世間話として中国人の同僚ジェーソンにイベントを企画していると話したところ、「手伝えることがあればいつでも声をかけてね」と彼からも親切な返事が返ってきた。こうして、イベント運営のための主要メンバー4人が決定。その後私は日本へ。そして私の帰国中に、会社への必要な手続きなどの確認をマイケルがしてくれることになった。

約2週間後にイギリスに戻り、第一回作戦会議を開催。会社でのチャリティーイベントの開催には、特にこれといった手続きは必要ないとのことだった。購入してきた商品をメンバーたちにお披露目。また、帰国時に会った日本にいる友人たちにこのイベントの話をしたところ、いくつかの商品を無償提供してくれた。缶コーヒー・ワンダのおまけだった名車のチョロQ、九州新幹線開通記念の文房具セット、何故かビックリマンチョコの復刻版おまけシール30枚(どうしろと…?)などなど。(>Nちゃん、Hくん、ありがとう!)

この他議題に挙がったのは、
・このイベントを皆に通知するためのメールをいつ送ればいいか
・メールにはどういった内容を盛り込むべきか
・開催期間
・くじ引きの方法
・商品の写真をメールと共に添付してはどうか
・チケットの売り方
・各職場にお邪魔するには何曜日の何時頃が一番効果的か
・自分達のマネージャーに、チケット販売で自分の席を離れることを容認してもらえるよう、事前に許可を得たほうがいい

すべて当然のことなのだろうけど、これまで自分たちでこのようなイベントを運営したことがなかったので、すべてが新鮮だった。そして4人いた事で、4人の異なる視点からの意見を出し合えたのも良かった。

4回、5回と会議を重ね、少しずつ方向性が定まってきた。

フィオナから、ラッフル用のチケットはWH Smith(イギリスにあるコンビニ、本屋のチェーン店)で売っているとの情報を得、マイケルが手配してくれることに。事前にメールを送り、イベント開催を通知。これは開催の数日前に行うことに。そして会社にあるすべてのオフィスをくまなく周り、チケットを購入してもらえるようお願いすることにした。チケットは3日間販売することにすれば、私たちが職場にお邪魔したときに買えなかった人も、残りの2日間で購入することができるよう、参加できるチャンスを広げた。そして4日目の午前中に、収益と商品の当選番号を発表することに。

必要な品物は揃い、いよいよ開催告知のメールを作成する段階に。一番いいのは、主催者で日本人である私が自分の言葉で訴えることなのは十分に分かっているのだけど、なにせ私の英語力が足りない(非常に残念だけど…涙)。そこで、文章を書き慣れているマイケルに、私の思いを長々と語り、それをメールの文章として起こしてもらうことに。出来上がった文章に、アタクシ、唸る。こんないい表現方法、私の幼稚な英語力では到底出てこない!この下書きを、ジェーソンとフィオナにも送り、感想を伺う。「Brilliant!」という二人からの返信を受け、これに商品の集合写真を添付し、マイケルではなく私の名前で(!)メールを送信!(←皆、了解済みです、念のため) 

これが先々週の金曜の午後。果たして何人の人がこのメールを読み、このイベントの事を気にかけてくれるのか。
2011.04.24 / Top↑
先日の日記でお伝えした職場での日本向けチャリティーイベント(『職場でチャリティー・ラッフル』参照)は、大成功のうちに終わりました。手伝ってくれた同僚、そしてラッフルチケットを購入してくれた同僚たちに心から感謝します。では詳細を報告させていただきます!


このラッフルの企画について考え始めたのは、震災後間もなくのことだった。自分の頭の中で、イギリスに居る自分に一体何が出来るかをグルグルと考え始めた時はすでに、ただ募金をお願いするのでは何かが足りないような気がしていた。それは前の日記でも少し触れましたが、「日本は先進国だから大丈夫でしょ?」という意識を人々がどこか感じているように思えたから。募金は、募金してくれる人を待たなければいけない。より大勢の人に募金をしてもらうには、どうしたら良いだろう?もちろん皆がこの震災に関心を持ってくれて募金してくれればそれが一番いいのだけど、人々の意識を変えることはできない。だったら、ただ待っているだけではなく、何か人々の興味をひくことをしたらどうだろう?

何かいいアイデアはないかとMIXIのイギリス在住者のコミュニティーやツイッターでいろんな書き込みを読んでる。そこで多かったのが、自分の子どもが通っている学校でビスケットやケーキなどを売って募金を募るというもの。友人の旦那さん(日本人)は職場でチャリティー折紙教室を開いたというのもあった。そこで初めに頭に浮かんだアイデアは、「職場で寿司を売る」というものだった。

早速職場の仲良しのマイケルに相談してみる。というのも、つい2ヶ月ほど前に一緒に巻き寿司を作り、職場の仲間に振舞ったばかりだったからだ。「いいんじゃない?どんな企画でも絶対に手伝うよ!」とマイケルからの手伝いの申し出を受けたあとは、二人でいろいろ企画を練るようになった。寿司作りは手間がかかりすぎる。だったら、スコーンを焼いて午後のおやつに買ってもらうのはどうか?他にビスケットとか??

ではそれをどうやって売るか?事前にメールで知らせて、お昼やお茶の時間に合わせてキッチンで売る…でも果たしてどれだけの人がわざわざキッチンエリアまで足を運んで、それを買ってくれるだろうか?会社の受付に頼んで、ビスケットを置いてもらい、いつでも自由に買えるようにしてはどうか?でもこちらも、わざわざ受付でビスケットを買ってくれる人は「募金をしよう」という意志のある人のみに限られてしまうような気がする。だいいち会社には建物が3つあり、受付があるビル以外で働いている人は、それこそわざわざ行動を起こさなければならない。もちろんそうしてくれれば一番ありがたいけど、大勢の人がそうしてくれるとはやはり思えない。

2008年の中国の四川大地震の時、中国人の同僚が社内全体に募金を呼びかけるメールを送っていたのを覚えているけど、果たしてそのメールを読んだ人が何人それを行動に移したか?やっぱり呼びかけるだけでは、効果が現れないのではないか…という疑問が、頭から離れなかった。「受付でビスケットを売っているから買ってね」、とメールで呼びかけても、「募金してね」とメールで呼びかけるのとあまり変わらないんじゃないか?


一番いいのは、人々の行動を待つのではなく、人々を参加させること。その時にマイケルが一言。


「ラッフルはどう?」


その一言で決まった。ラッフルなら、チケット代としてお金を集めることができるし、その後商品が当たるという意味でチケット購入者にそのイベント自体に参加してもらえる。また、チケット販売なら、直接各職場に出向いて人々に呼びかけることができる。ただお菓子を買ってもらうのを待っているよりも、自分で出向いてお願いできる分、いろんな意味で効果的なんじゃないか。商品も用意し、チケットも売り歩く。職場に出向いて人々に直接呼びかけることができたら、私の本気度ももっと伝わるかもしれない。というか、別に日本向けチャリティー自体に興味を持ってもらわなくてもいい。ラッフルというある種の「遊び」に興味を持って、チケット1枚でも買ってくれればそれでいい。

マイケルと私はラッフル開催に向けて動き出した。

2011.04.24 / Top↑
3月11日。

まだ朝7時半だった。
金曜日の朝。
元同僚のフランス人、マギーからの携帯テキストで目が覚めた。


「おゆりの家族はどこに住んでるの?」


その一行だけのテキストだった。
でもそれだけですぐに、「日本で地震があったんだ」とわかった。

いつもならベッドから起き上がるのに30分以上もウダウダしているのに、すぐに飛び出して1階のテレビのある部屋に走った。テレビを点けて映された光景は、それが日本だなんて到底思えるものではなかった。ものすごい地震が起こったこと、そしてこの濁流は津波であることは頭では理解できた。でも、気持ちというか、そういうものが付いてこない。それが現実の光景であるとは信じられなくて、よくある表現だけど「SF映画を観ているんじゃないか」と思ったし、そう信じこみたかった。

とにかく、職場に行くことにした。幸い私はIT関係の職場なので、常にインターネットを閲覧できる職場環境だ。まずは出社をし、そこで情報収集しようと思い、いつもどおりに会社へ向かった。

出社した同僚たちは、特に何も言ってこなかった。地震が起こったのが、イギリス時間で朝早かったので、地震のニュースは耳にしても、あの津波の映像は見ていない人が多いようだった。あるイギリス人同僚は、「日本で地震があったみたいだけど、ニュージーランドの地震がこの間あったばかりだし怖いよね~」と笑顔だった。それは悪意は全く無く、ただ日常の会話の中のひとつのような。その時に、「仮にあの映像を見たとしても、この人達には実感としてこの災害の大きさはわからないんだろう」と直感に近いものを感じた。もちろんそういう人ばかりではないのだけど、遠い異国の話…と考える人も多くいるんだ、そのことは覚えて置かなければならない、とその時に頭に叩き込んだ。


ニコニコ動画やUstreamなどでNHKやフジテレビの放送をしていた。Twitterと常ににらめっこし、こちらの情報伝達の早さに驚いた。そして日本・イギリスハーフの同僚にチャットで話しかけた。まだ朝9時半頃だったと思う。「今日は仕事ができそうにないや」と話すと、「自分の国がこんなことになっているんだから、仕事に集中できる方がおかしいよ」と確かにそのとおりなことを言われて、妙に納得した。こんな時でも仕事に集中しなければ、とどこかで思っていたから。

自分の国の危機。でも私はイギリスに居る。動揺は日本にいる人達の比ではないだろう…と思っていたけど、私の動揺は明らかだったようで、同僚たちに「大丈夫か?」と声をかけられた。

その日はヨガクラスにいくきになんかなれず、帰宅時の車の中でもBBCラジオを流し続けた。家についたのは6時半頃だったと思う。すぐにBBC1にチャンネルを合わせた。ちょうど地方ニュースの時間だった。ブリストルが位置するイギリス南西部で、すでに日本向けの支援物資の準備が始められ発送手続きを行なっているというニュースだった。レスキューチームもいつでも出発ができるよう、準備が整えられていると言っていた。震災から12時間後。異国で日本のための準備が着々となされていたことに、感動した。そして、日本政府が一刻も早く海外の救援部隊に出動要請を発令することを祈った。



週末は毎日20時間以上をパソコンの前で過ごした。今出来ることは募金しかなく、そのためにイギリスの赤十字のサイトにアクセスしたが、日本の震災のための募金アピールは無く、ガッカリしたのと同時にイラついた。オーストラリアに住む友人がオーストラリアの赤十字から募金ができたというのを聞いて、その時はそちらから募金をした。イギリスの赤十字のサイトに日本向け募金のアピールが掲載されたのは、イギリス時間で日曜の夕方だった。金曜の朝に感じた、うまく説明できない「温度差」が、ここに来て「やっぱり」という気持ちに変わった。


福島原発の問題も浮上し、もう何が何だかわからなくなってきた。職場では、親身になって心配してくれる人、何にも知らないくせに「地震のある国に原発を作ることが間違っている」と批判する人、できるだけ震災のことについては触れないようにする人、様々だった。

「災害が起こった地域は危険だから、そこに建物を建てるべきではない」とあたかもすべてを知っているように物知り顔に私に言ったフランス人に対し、一緒に食事をしていたアジア系の同僚たちが一気に反発した。インド、中国、フィリピン。みんな、自然災害の恐ろしさを知っている国から来た人たちだ。「国や街、地域を建てなおさずに、人はどうして生きて行けると言うんだ?」。怒りで震える私の気持ちを代弁し、その同僚にぶつけてくれた。そう、地震や台風、火山などという大きな自然災害のないヨーロッパの特に先進国に住む人には、この気持を理解しろという方が難しいだろう。でも、被災地域に建物を建てないということは、復興できないということ。人々の生活は、「ここは危険だから別の場所に引っ越そう」と簡単に移動できるものじゃない。自分の考えを言葉にするのは彼の自由。彼には自分の意見を述べる権利がある。でも彼は、その自分の言葉に責任を持たなければいけないということを分かっていなかったようだ。怒りで震えるという経験、人生の中で何度あるだろう。よっぽど彼をひっぱたいてやろうかと思った。食事中だった私は手にフォークを持っていた。それを見たマイケルに「(そのフォークで)彼を刺すなよ」と冗談交じりに言われた。彼を残して、皆キッチンをあとにした。


仕事の休憩中、マイケルに言われたこと。

「フィリピンが地震や災害で大変なとき、日本はいつも助けてくれた。日本はいつも僕達を救ってくれる側だった。だから今、僕達が日本を助ける側に回っているというこの状況が、なんだか不思議で仕方がない。」

手元にあった新聞をめくっていると、『Save the Children』というチャリティー団体の募金のアピールが載っていた。“Save the Children in Japan”(日本の子供たちを救え)。いつもはアジアやアフリカの発展途上国の子供のための募金アピールだった。それなのに、その広告に「日本」の文字がある。なんだかものすごくショックだった。日本はいつも強くて、助ける側だったのに。


つい先日、イギリスから日本に派遣されたレスキュー隊のドキュメンタリーが放送されていた。数人は数週間前にニュージーランドでのレスキュー活動から帰ってきたばかりだった。このレスキューチームは様々なバックグラウンドを持った人々で構成され、職業も経歴もバラバラ。ハイチに派遣された人たちもいる。その人達が口をそろえて「惨状に言葉を失った。」と言っていた。そして、そのドキュメンタリーには、隊員一人ひとりに頭を深々と下げてお礼を言う日本人夫婦の姿や、一人ひとりの手を握って御礼の言葉を伝える女性、手を振って感謝の意を伝える若者の姿。

隊員のひとりが言っていた。

ある日本人女性が近づいてきて何かを伝えようとしているけど、お互いに言葉がわからなかった。そこで女性は紙に矢印を書き、彼らをある場所へ連れていった。どうやら知り合いが住んでいたアパートで、その友人を助けだして欲しいとのことであるようだった。2時間捜索したが、その友人を見つけることはできなかった。その間その女性は涙ぐむでもなく、ただ無言で、表情を変えること無く我々の活動をじっと見ていた。その姿に、この現実を痛感したした。そして2時間後、どうしても見つけることができなかったと英語で告げると、彼女はひとりひとりの手を握って、日本語で「どうもありがとう」と丁寧に伝えた。日本の惨状は、想像を超えた凄まじい物だった。だが、僕たちはこの惨状ではなく、人々の礼儀正しさを今後一生忘れることはないだろう。


天皇陛下、皇后陛下が自主的に停電をしているとのニュースを読んだ。自分たちのために作っている野菜を被災地に届け、御用邸の風呂を使ってもらえるためにバスも運行しているという。イギリスでこのような惨事が起こったとき、イギリスのロイヤル・ファミリーはここまで出来るだろうか?いや、イギリスに限らず他の国でこんなことが起こり得るだろうか。


異国で生活をし始めて、日々感じるようになったのは「日本」という国の強さだった。それは経済的な意味合いが強かった。今私がこの国で働くことができるのも、日本という国の経済力があり、私の会社のビジネスの上で日本はものすごく大きなマーケットを持っているからだ。だから、会社は日本人を必要としていた。そして私はそこでお世話になることになった。

日本は発言力がない。つねづね言われてきた。もっと国際社会でリーダーシップを取らなければいけない。でもイギリスに暮らし始めて、その考え方に疑問を感じるようになった。国の数だけ国民性がある。日本は強い発言力はないかもしれない。でも協調性は誰よりもある。それでいいんじゃないか、と。日本で住んでいるときには、日本の国の世界からの注目度はよくわからなかった。隣国からの苦情を真に受けて、いつも反省ばかりだった。反省が悪いわけではないけど、自分たちの良さが見えにくくなっていたんじゃないかと思う。それが異国に住むようになり、自分たちが思っている以上に日本の世界での関心度は高く、常に注目されている国なんだと実感した。

そして震災が起こった。

皮肉だけど、このことがきっかけに、日本がいかに愛されているかが日本にいる人にも伝わったんじゃないかと思う。


イギリスに居る私が、日本人としてできること。それはすごく限られたことかもしれない。でもその限られた何か、ほんの些細なことでも行動に移してみようと思う。とりとめのない文章になってしまったけど、これが震災後1ヶ月で私の中で起こったこと。

2011.04.12 / Top↑
12日間日本に帰国をし、UKに戻って早10日。3月下旬まで日本にいましたが、イギリスよりも寒かったです。桜も今年は遅かったようで、ほとんど見ることが出来ず。それでも温泉三昧の滞在を楽しみました。

震災から1ヶ月たった昨日も、また大きな地震が起こり、全く油断を許さない状況が続いていることに心が痛みます。被災地の人々はもちろん、他の地域の人々も同じ国民が犠牲になり厳しい生活を強いられていること、そして自分の国の危機に傷ついているように感じました。そしてそれはイギリスに住んでいる私も同じだと感じます。


イギリスでは、リビア内戦へのUN,US、Ukの攻撃が始まった頃から、地震のニュースは少なくなって来ました。関心がないわけではないのですが、やはり「遠い異国」の出来事なのです。また、日本は先進国にして経済大国。被害の状況は想像を絶するが、たぶん大丈夫でしょ?…という意識が、一般的なイギリス国民からは感じられるように思います。ヨーロッパに生活している日本人のブログを読んでも、どうも同じように感じている人は少なからずいる様子。

実際、スマトラ沖地震やハイチの地震の時は、地震発生後からテレビで募金の呼びかけが頻繁に行われていました。しかし、今回の日本の震災後は、正直これほどの呼びかけはありません。震災の翌日、赤十字のサイトから募金をしようとしたときも、イギリス現地時間の日曜の朝までは日本向けの募金の呼びかけ記事はありませんでした。結局その時は、オーストラリアの赤十字経由で募金(オーストラリアの赤十字には日本向けアピールがあったので)。このとき、日本の赤十字のサイトはアクセス不可だったのです。一気にアクセス数が増えたからかもしれません。イギリスの赤十字のサイト上に日本向けアピールが掲載されたのは、日曜の午後遅い時間でした。

決して関心がないわけではないのです。ただ、スマトラ沖やハイチなど、明らかな発展途上国、地域での震災では「私たちが助けなければ!」という意識が働くようですが、これが日本となると「まぁ、大丈夫でしょ。だって日本だもの」となってしまう。気持ちはわかるんです。逆に言えば、そのくらい日本は信頼されているということ。そりゃ、私だって近い将来日本は立ち上がると信じているし確信も持っていますとも。それでも、今の日本は助けが必要なわけです。


何か、私に出来ることがないか?

メールで職場の人たちに募金を呼びかけようか・・・。

でもメールなら削除されて終わりになってしまう。

なにか、行動を起こして、募金に結び付けられないか。


職場の仲良しのマイケル(フィリピン人)に相談し、Raffleはどうか?ということになったのです。Raffleとは日本語で言うと、富くじに当たるものでしょうか。チャリティー目的の富くじで、たまにパブなんかでも行われるのですが、数字の書かれているラッフルチケットを購入してもらい、主催者がくじ引きをし、当たった数字の持ち主に商品が送られるというもの。

そこで、今回の日本帰国時に100均でお箸や徳利など日本的なもの。そしてイギリスでもおなじみのキットカット(チョコレートのお菓子)の日本限定フレーバーなどを購入。今週か来週中には日本チャリティー・ラッフルを職場で開催予定です。

同僚の中国人ジェイソンや、日本・イギリスハーフの同僚も手伝ってくれるとの事。いくら集められるかはわかりませんが、何もしないよりはマシ!

数週間の内にブログの中で結果報告をしたいと思います。


2011.04.12 / Top↑
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