ブリストルからロンドン近郊へ引っ越しました。

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年の瀬が押し迫って来ましたね。

クリスマスを目前に控え、クリスマスショッピングも例年になく早めに終わり、ふと今年を振り返ってみようと思った次第です。私の日常は、大抵ドタバタしているものなのですが、今年のドタバタ具合は例年の比ではなかったと断言できるほど、いろんな意味で良くも悪くも(悪いほうが多いけど)濃く、激しく、非常にサバイバルで、それと同時に学び多い一年だったのではと思っています。

何かと落ち着かない毎日だった2011年で、たくさんの書き残したこと、欠いたけどまだ消化できていないこと、覚え書き、とランダムに書いていこうと思います。わたくし、文章にすると落ち着くタイプなので、自分浄化用です。

今後出てくるかわかりませんが、一応今回は「その①」です。

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前にも募金活動について書いた記事の中で触れたかもしれませんが、まだ私が日本に住んでいた若い学生だった時、毎年のように台風や洪水の被害に合うフィリピンやタイのニュースを見て、「どうして毎年災害が来るような場所に住んでいるんだろう。もっと他の場所に引っ越せばいいのに」と思ったことがあります。もちろんそんなこと口にしたことはありません。でもそれと同時に、「いや、この自分の考え方、なにかおかしい気がする」という意識もあり、「どうして人は危険だとわかっている場所に住み続けるのか」という難題に答えを見つけられないままでいたような気がします。

危険だから引っ越せば済む・・・そんな簡単な話じゃない。そういう意識はあったのですが、具体的な説明を付けられるまでには至っていなかったんです。そしてこういう感情を持っていた時、正直なところニュースに映し出されるこれらの人々を、どこかで見下していた所があるのも、恥ずかしながら事実です。だって、もし自分の実家のある地域、生まれ育った場所が「危険だから引っ越せ」と赤の他人に言われたって、そうそう引っ越せるものではないでしょう?これは私の個人的な意見で、必ずしも全てに当てはまるということはないかもしれないけど、「引っ越せばいいのに」なんて相手を見下していなければ口にできない言葉だと思います。全くもって他人事で、そしてなんて人間性に欠いた言葉なんだろうと、今は思います。


あるフランス人の同僚に、「被災地は復興すべきでない。今回地震が起こり津波が襲ったということは、今後同じ被害が起こる可能性があるから」とあたかも正論を述べているかのように言われ、怒りに言葉を失ったこと(その後激しく口論・・・あぁ、当然)。


別の同僚(イギリス人)は、私の募金活動を見て「自分の国だから感情的になってるんでしょ?そんなに募金が集まるわけがない」と小馬鹿にしながら私の知り合いにつぶやいていたらしい。ちなみに彼は仕事で日本滞在経験がある。


あるイギリス人女性に「なんであんな危険な場所からさっさと引っ越さないのかしら」と、ばかじゃないの?という感情見え見えの自信に満ちた表情で言われたこと。


実はヨーロッパの人たちって、こういう思想の人少なくないです。私のみならず、同じようなことをイギリス人やヨーロッパ人から言われた日本人の友人を何人か知っています。そして、それを言われた日本人の私たちは、彼らとの環境の違い、意識の違い、感覚の違いがあることを理解し、そしてそういう思想を持つ人にはきっと日本人の感覚はわからないだろうということも理解しています。

例えば、ヨーロッパの人にとって「引越し」って、日本人と比べるとすごく「簡単」なんです。もちろん全員ではなく、一般論ですけど。例えばイギリスから海外に引っ越す人の数は年3万人以上。人気の引越し先は、スペイン、南フランス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ等。他にも東南アジアに引っ越す人も多い。理由は「暖かいから」。もしくは「物価が安いから」。仕事の都合という人も中にはいるけど、基本的には「その国で生活したいから」引っ越す。土地とか国、国境という感覚が、日本人とはそもそも違う。


でもね、その違いを理解していても、私は今も思い出すたびに怒りに震えます。


この発言をしたイギリス人女性は初対面で、知り合いでも何でもなかったのですが、ある取引先の人だったのでそこでもめるわけにはいかず。それにこういう人は何を言っても通じない。そもそも日本全国で地震が起きる可能性があり、そういう意味では安全な場所なんて日本にはないということも彼女は知りません。それでも黙っているわけにはいかず、


「私たちは日本で生まれ、日本で生まれ育ったからこそ、日本の文化を継承し日本人としてのアイデンティティを持っているんです。もし、日本人が危険だからという理由で国を捨てたら、自分たちの母国を失うことになるし、日本人というアイデンティティも失うことになる。ただ引っ越せばいいとか、そういう簡単なものじゃないんです」


と無理やり笑顔を作り、できるだけ穏やかに言ってみた。彼女はまったくもってわかっていない顔をしていたけど。


ここまで書いてふと気づいたのは、こういうことを平気でいう人って、それなりにお金もあって教養もある人(ズレてるけど)が多いような。少なくとも私や友人ににこういう発言をした人って、外国が身近な人ばかり。お金はあるから旅行でいろんな国に出かけていく。もしくは海外間の引越しや移住を経験している。(上記3人は全員これに当てはまる) 日本人の感覚、少なくとも私は、自分が訪ねたことのある国や場所には親近感を持つものだけど、こういう人達は多分違う。


これらがいいとか悪いとかではなく、根本的に違うのだ。言葉を重ねても分かり合えない違いが、外国にはある。


もちろんこういう人達ばかりではない。
これらの発言に対し、別のイギリス人達は呆れて言葉を失っていたし、「危険な場所=100年に一度の大災害、安全な場所(イギリス)=いつ暴動が起こるかわからない(←イギリス流の冗談です)。 (彼らの意見は)短絡的すぎて話にならない」という人も多数。


「たくさんの国に行ったことがある、旅行慣れしている=外国、多文化に理解がある」ではないという当たり前のことを、痛感した一年。



月並みな言葉だけど、今回の震災のことは、まだ過去の出来事にはできないし、してはいけないという思いが強い。ある意味、「風化」というのは当たり前の作用であるというのはわかっているし、今日本に住む人々が震災をどう受け止めているのかもよくわからないでいます。

愛知県出身で、イギリス在住の私がこんなことを言っても説得力の欠片もないし、自分でもどうしてここまで肩入れするのかという疑問がないわけではないのです。もし震災時に自分が日本に住んでいたら、もっと違った見方をしていたんじゃないかとも思います。もしかしたら、「祖国を思う望郷の念」(というと酷く大げさに聞こえるけど)に近い感情による所が大きいのではないかという気がしています。



なんだか尻切れトンボですが、今日はここまで。
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2011.12.23 / Top↑
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